中国工夫紅茶の祖となった武夷山の発酵茶は、同じ発酵茶でも紅茶と比べると発酵度合いの少ないものでした。
半発酵茶といわれる種類のお茶は、20年ほど前から日本でウーロン茶がブームとなり、大量に輸入されるようになって、広く知られるようになりました。
ダイエットに効いて健康的なウーロン茶、として広まった中国茶は薬としてとらえられたヨーロッパ輸入初期のお茶を思わせます。
薬は、薬効がないと認められていきません。
イギリスよりも早くお茶が流行したフランスでは、お茶の効能に関する論争が医学会でおこなわれたのをきっかけに、流行は醒め、コーヒーやチョコレートに嗜好の対象が移り、ついにお茶にはもどってきませんでした。
日本でウーロン茶と呼ばれている中国茶は幸いなことに、日本での流行が、ダイエットに効く、という誤った宣伝文句で潰れる事なく広く普及しているのは喜ばしいと思います。
中国茶というと缶入りウーロン茶の宣伝をまず思い浮かべることが多いかもしれませんけれど、実際に中国で生産されているお茶のほとんどは緑茶です。
日本でウーロン茶と呼ばれている、青茶に分類されるお茶は、全生産量のわずか5%程度でしかありません。
日本でウーロン茶として販売されている缶入り飲料は、中国茶の分類で言うと青茶に分類される茶葉を原料としています。
青茶とは、発酵茶の中でも、紅茶と比べると発酵の度合いの低いもののことで、飲んだ後で茶葉を広げて見ると分かりますけれど、茶葉の端は紅く発酵し、葉の内側は未発酵のまま青い状態です。
このため、半発酵茶とも呼ばれて、紅茶と緑茶の中間、などと説明されることが多いです。
青茶に分類されるお茶は、武夷岩茶、烏龍、鉄観音といった銘柄のお茶です。
烏龍、鉄観音、水仙といった品種や、肉桂、黄金桂、大紅袍といった株、色種まで、青茶に分類され、日本では烏龍に限らずこれらを原料とした缶入り飲料をウーロン茶として販売しています。
中国のお茶の世界は多様です。
それは、ひとつに、昔からの伝統に従って生産されていることが多いため、様々な異なる製法のお茶があり、分類しても、緑茶、紅茶、青茶、黄茶、白茶、黒茶にその加工茶が加わって幅広いこと。
また、各地方毎に産地銘柄茶があることによるものです。
中国で生産され、飲まれているお茶のほとんどは緑茶です。
日本の蒸し緑茶と異なり、釜炒り緑茶が大半です。
龍井、碧螺春といった中国銘茶の代表も、もちろん釜炒り緑茶です。
まろやかな日本茶と異なり、すっきりとしています。
日本の煎茶は棒状に撚れた形に仕上げますが、龍井茶は平たく尖った形状に仕上げられることが多いです。
このように見た目は違いますが、茶葉摘採後すぐに加熱して酸化酵素を失活(殺青)させて、発酵が進まないようにしているという製法上の特徴は同じ緑茶です。
中国茶の懐の深さは、だからといって蒸し緑茶がないわけではなく、今でも湖北省の恩思玉露、淅江省、安徽省等の中国煎茶のようにごく一部では作られていることにも表れています。
火で炙って加熱して殺青する黄山毛峰や、太陽の日に晒すことによって殺青する川青などもあります。
これら緑茶のほとんどは日常の茶で、茶杯に茶葉を入れてお湯をさして飲まれるのが普通です。
値段も、日本人からみれば安価なものが大半です。
祁門以外でも、もちろん紅茶は作られています。
広東省の英徳紅茶、雲南省の雲南紅茶、松の木で燻した正山小種といった銘茶があります。
一方、もっと新しい製法の紅碎茶というものも作られています。
これは輸出するための原料茶として、インドやスリランカの製法を取り入れて作られているものです。
茘枝紅茶というのは、果物ライチの実を原料として、自然原料のライチの香りの紅茶として商品企画された紅茶です。
黄茶として分類されているものは少なく、君山銀針が代表的な銘柄です。
製法は緑茶と同様ですが、実際には軽い発酵過程の後殺青するため、弱発酵茶とも呼ばれます。
白茶は白いうぶ毛の多い芽だけをつんだもので、生産量が少ないため高価です。
淹れたときに、カフェイン等の成分は少なく、アミノ酸のスープを飲んでいる状態のため、通常のお茶としてのおいしさは感じられません。
中近東への輸出用が多いようです。
白毫銀針といわれるものがこれです。
寿眉や白牡丹は芽だけでなく、葉も含まれていますが、白茶に分類されます。
黒茶は、緑茶に麹カビを繁殖させたものです。
このため後醗酵茶と呼ぶ場合もあります。
雲南省の普[シ耳]茶、広西チワン族自治区の六堡茶といった銘柄があります。
香港式の飲茶とともに日本でもプーアール茶、ポーレイ茶などと呼ばれ普及してきています。
緑茶、紅茶、青茶、黄茶、白茶、黒茶という分類はその名の通りもともと色による分類ですけれども、製法の違いもあてはまるため、わかりやすい分類になっていると思います。
製法でいうと、花の混ぜ物をしたり、成形をするものを、花茶や緊圧茶・餅茶などと呼んで分類することもあります。
花茶の代表は茉莉花茶です。
日本でも、ジャスミンティーとして親しまれています。
花が開く直前のジャスミンのつぼみを摘んで、その夜のうちに原料になる緑茶(青茶を使うものもあります)と混ぜひろげます。
お茶はにおいの吸着性が良いので、開花するジャスミンと混ぜて作業場一面に堆積することによってその香りを含むようになるのです。
熱が上がると散解して放熱し、さめたらまた堆積してにおいを吸わせます。
においつけ用の花は何度か交換して作業を進め、最後に装飾用に少し花を混ぜます。
ジャスミンティーで、入っている花の数が多いのが高級なのではなく、むしろ高級なものは花の割合が少ないことが多いなどとと言われるのは、このためです。
お茶はバラの葉茶となって流通しているものが大半ですけれど、円盤状やレンガ状、あるいは団子状に成形するお茶も中国には存在します。
これを緊圧茶などと分類することもあります。
現在このように成形するのは雲南の黒茶です。
円盤状のものは餅茶、碗型のものは沱茶、レンガ状のものは磚茶と呼ばれています。
広東省の紫金竹売茶というお茶は、五連の団子状のお茶が筍の皮でつつまれたものです。
さて、広大な中国の中でも、最もお茶好きで知られるのが潮州です。
現在の広東省東部の汕頭市を中心とする地域では、工夫茶と呼ばれるお茶の淹れ方があります。
お茶好き達に伝わるこの飲みかたは、青茶のおいしさを引き出します。
茶杯に直接茶葉を入れるのではなく、小さな朱泥の急須を熱湯で温め、七分目ほど茶葉を入れて、高いところから溢れるまでお湯を注ぎます。一煎目は捨て、二煎目から飲みますけど、急須の茶液は都度最後の一滴まで出し切って、何煎でもいれて飲みます。
この飲み方が中国大陸以外に広まったのは、潮州系の華僑によるものです。
台湾や香港での普及により、青茶、中でも鉄観音を工夫茶で飲む習慣が広まりました。
武威山の幻の銘木から作る岩茶、大紅袍(当然偽物)がとてつもなく高価に売買されたり、黒茶が何年物(極めて疑わしい)の陳物として高価に売買されるのも、香港あたりの経済社会を象徴しています。
あまりに高価なお茶は、ジュエリー等と同様の商品特性を持っているといえましょう。
さて、台湾では、青茶は消費だけでなく、生産も伝わっていきました。
文山包種茶、凍頂烏龍茶といった半発酵茶は、武威岩茶などの製法に良く似ています。
鉄観音、というそのままの名をつけたお茶まで台湾で作られるようになっています。
そして、これら台湾のお茶は、衛生面や、生産後の保管等にも配慮し、高品質のお茶となっています。
包種茶は清香を重んじて製造します。製造過程でのバランスは、青臭みが消え包種茶特有の清香が出ることを重視しています。
凍頂烏龍茶はやや高価なお茶ですが、大変手間をかけた製法です。
安渓の烏龍茶で用いられる団揉という操作を凍頂烏龍茶でも行なっているのです。
これは、茶葉を布袋に入れて球形に包み堅く絞って揉むという、労力のかかる製造工程です。
紅茶や青茶の発酵、という工程は、酸化酵素によるものであり、菌によるものではありません。この化学反応により、香りの成分は大きくその種類を増やします。
緑茶に比べて、紅茶や青茶の方が、様々な香りを楽しめ、また、品種によっては香りのための混ぜ物をしていないにもかかわらず大変印象強い香りを楽しめるのものもあるのです。
インド・スリランカの紅茶で、ブロークンタイプで味の濃さや素早くいれられることを重視した製品が広まったのとは異なり、台湾の文山包種茶、凍頂烏龍茶は、中国大陸の広東省・福建省の青茶と同様に、2割〜3割の発酵で殺青して酸化酵素を失活させてしまいます。
またその揉捻工程は丁寧なもので、香りの良いお茶を作るために労力を惜しみません。
この香りに気を使った製法と、工夫茶の飲み方により、生み出される香りはとても素晴らしいものです。
飲んだときの喉を通しての香り、飲みおわった後で喉から立ちのぼってくる香り、そして茶碗の底に残った香りでも楽しめます。
これらは、冷やした缶入りウーロン茶では楽しむことは不可能です。
紅茶に香料を噴霧したものや、青臭みの強いインド高地茶や、深蒸しと施肥で濁った日本のやぶきた茶と比べると、福建省や広東省の武夷岩茶・烏龍茶・鉄観音、台湾の包種茶・凍頂烏龍茶は、同じお茶とは思えないほど素晴らしい香りの飲み物だと思います。