曽根富美子はもともと少女漫画を描いていました。
ただ、その頃からちょっとヘンでした。
ごく普通の少女漫画を描いているはずなのですが、性的なものへの指向がかすみがかかったように作品全体を覆っているのが感じられるのです。
少女漫画から派生した分野に、レディースコミックというのがあります。
この分野がはじまった頃、曽根富美子の本来持っていただろう創作性向がようやくゆがみなく発揮できるようになったように思えます。
まず最初に、「生命(いのち)のなかの幸福」という作品で、その性的な指向、子供の頃の心の傷とコンプレックスを正面からとらえた世界が生まれました。
戦いや友情の漫画、恋愛の漫画とは異なった、新しい表現世界の誕生です。
実際、この作品(ぜひ単行本で出してくれる出版社があると嬉しいのですけれど)はインパクトのあるものでした。
心とからだ、その傷をドラマツルギーやストーリー指向よりも痛みの実感でとりあげていく手法は、今も越えるもののない優れた形式です。
「生命(いのち)の中の幸福」の評判、手応えからか、次の作品「親なるもの 断崖」では、曽根富美子の本来描きたいものを描こう、という姿勢を最初から出して全力で取り組んだように思えます。
そして生まれた作品は、期待にたがわず、コミック史に残る素晴らしい作品となりました。
特に、第一部の、遊郭の世界の描写は、この作品の白眉です。
作品を読んでいると、まるで自分が遊郭の中に生きる登場人物になったかのような錯覚に陥ります。
おそらく、この実感は作者自身の持っている実感があってこそのものなのでしょう。
第三者の視点で架空の世界を描くというよりも、まるで前世の体験を綴っているかのような感覚です。
この重い、重い作品をぜひ味わってみてください。
「親なるもの 断崖 第1部」
エメラルドコミックス
発行所:(株)宙出版
発売元:(株)主婦と生活社
ISBN4-391-90442-X