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ゴンドラ

閉塞された生活からの開放感


パーソナルな感触の日本映画

「ゴンドラ」はぼくの大好きな日本映画です。
田舎から東京に出てきて、ビルの窓拭きをしている青年と、都会のマンションに片親と住む小学生、笑わない少女(かがり)の出会いを綴った作品です。
新宿の超高層ビルの窓拭き用ゴンドラに一人乗る青年のシーンで、この映画ははじまります。


窓の中

かがりは、都会に暮らしていますけれど、学校でも友達とおしゃべりするわけでもなく、家に帰っても母親と楽しく会話するわけでもない少女です。

そう言葉にするとつまらないことを、この映画では、見事に映像化しています。

プールでひとりしゃがみこみ、初潮を迎えるシーン、自分でナプキンを買い、夜仕事に出ようとする母親にも言い出せずにひとりピザを温め、洗濯をするシーン。
そしてそれらの映像は、とても発色の良い美しいものです。

かがりは、離婚してしまった作曲家の父親の音叉をいつも手にして、よく一人その音を聴いている、そんな子です。

飼っていた二羽の小鳥のうちの一羽が、もう一羽につつかれて血まみれになって籠の底に落ちます。
かがりが拾い上げて、手のひらにのせると、その小鳥(チーコ)は真っ白い体に赤い血を滲ませて、ひくひくと痙攣します。
なすすべなく一人立ち尽くすかがり。その部屋の窓の外に、窓拭きの青年がゴンドラに乗って降りてきます。


窓の外

二人は獣医に行きチーコを診てもらいます。
青年は、田舎から出てきて、窓を拭いていて窓の中の人と話すのは初めてだと言います。
様々なビルの窓拭きする毎日。
かがりはたずねます。

「ねえ、起きてて夢見ちゃうことって、ある?」
「夢ってどんな」
「うまく言えないけど」
「ゴンドラにのってて街を見てると海が見えてくるんだ。」
笑わない少女、かがりの感情表現は絶品です。

小鳥の絵を地面に描いていて、ほめられるとぐしゃぐしゃと消してしまうところ。
獣医の治療代を聞き、いいよ、と言われて子供じみた不機嫌で「やだ、気がすまない。」
音叉を突然青年に差し出し、「これあげる。」

言葉少なで、表情が動かない分、胸に迫るものがあります。


東京の景色

治療を受け、獣医に「酸素テントで一晩様子をみましょうね。」と言われてあずけたチーコは、しかし、翌朝かがりが行くと死体となって出てきました。
チーコを持って、廃線となった貨物線を走りひみつの隠れ家、廃墟に走るかがり、ここの音楽は絶品です。
廃墟の引き出しに隠していた父親の写真、ハーモニカ。父親が作曲してプレゼントしてくれた曲をハーモニカで吹くかがり。

この映画の所々にでてくる東京の景色は、ぼくが惹かれる要素のひとつです。
浜松町から品川近辺を思わせる貨物線も、新宿の高層ビルも、地下鉄丸の内線も、団地も、この映画を身近に感じる原因となっているように思います。


チーコ、どんどん腐っていく

チーコを、昔両親と3人で暮らしていた団地の前の公園に埋めようとして、かがりは思いとどまります。
公園にころがっていた小枝で穴を掘っていた青年に、かがりは言います。

「やっぱりやめる。」
「え?」
「もう、ここには戻れないもの」
かがりの回想シーンが幾度かありますが、それはどれも、両親の離婚にいたる様々な姿です。
働かず、何年も作曲が進まない父親、いらつく母親、夫婦喧嘩のテーブルの下で膝を抱えひとりメトロノームをながめるかがり。

チーコをかかえて、歩くかがりは青年にたずねます。
「チーコどんどん腐ってく。」
「ねえ、死んじゃうと生きてたことってどこいっちゃうのかなあ。見たものとか聞いた音とか思ったこととか。」
「おれの田舎じゃさあ、死んだものは海に帰るっていわれてるんだ、昔から。」
「なんで?」
「生きてるものを守っているのさ」


もう、帰るところなんてないもの

チーコのなきがらを母親ゆずりの弁当箱に隠し、冷蔵庫に入れておき、かがりは好きな絵を描きます。
青い絵の具がなくて買いに出たかがりのいないときに、母親は冷蔵庫の弁当箱に気付きます。
弁当箱を開けて腐臭に悲鳴をあげ、死体を捨てる母親。「かがり!かがり!」

帰ってきたかがりは母親に怒鳴り込みます。

「ねえ、チーコどこやったのよう!」
「どこ行ってたのよ。」
「どこやったのよ!」
「捨てたわよ!どうしてああいうことするの?お母さんの子供の頃からの物ってあれだけだって知っているでしょう!」 「どういう臭いがしたと思っているの?洗っても洗っても落ちないのよ!」
かがりは、マンションの地下のゴミ収集場にこもってゴミをあさります。
チーコを見つけたかがりは、駅で青年を待ちます。
雨でずぶ濡れになって駅に立つかがりを見つけ、青年は息をのみます。
部屋に行き、牛乳を温めて出し、「一緒にいってあげるから、うちに帰ろう。」という青年に、かがりはチーコを撫ぜながら言います。
「もう、帰るところなんてないもの」


暖かい北へ

眠ったかがりが持っていた絵を見て、青年は驚きます。
それは、窓拭きのゴンドラと高層ビル、海に埋まった町の絵でした。
そして二人は、青年の田舎へと旅立ちます。

本物の海が見えてからのこの作品は、開放感が画面一杯に溢れ、空の色も青く、海の水は澄んでいます。

このカタルシスは、とても言葉では言い表せないほどです。
ラストシーンの夕陽の海のシーンにいたるまで、魅力に溢れた映像が続きます。

ぼくも、きっといつかこの青森の海に行ってみたいと思っています。


「ゴンドラ」
伊藤智生 第一回監督作品
35ミリ・スタンダード イーストマンカラー112分
1986年OMプロダクション製作
原案・脚本:伊藤智生・棗耶子
撮影:瓜生敏彦
照明:渡辺生
編集:掛須秀一
音楽:吉田智
音響:松浦典良
効果:今野康之
録音:大塚晴寿
プロデューサー:貞末麻哉子
キャスト:上村佳子、堺健太、木内みどり、出門英、佐々木すみ江、佐藤英夫

ビデオ:CBS/SONY GROUP Inc.

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文市(あやち)=青野宣昭